マーケティングに仕事で関わるなら身につけたい「信念と技術、知識と実践」

どんどん進むマーケティングのデジタル化

 唐突ですが、著者が音楽のデジタル化に接したのは高校生の頃で、かれこれ40年程前でしょうか。サンプリング技術や機械による自動演奏などなど、これらのテクノロジーは音楽制作の現場を変えました。そして、音楽配信などIT技術と結びついたことで、産業構造も変化しました。

 偶然でしかないのですが、シンセサイザーという楽器の登場やアンプが真空管からトランジスタへの転換期を迎え、さらにはエフェクターやレコーディングテクノロジーがデジタルに変化していく流れを小学生時代から成長と共に経験できたことは幸運だったと言えます。欲を言えば、その時代にコンテンツの提供側に回ることができれば言うことなしだったのですが......。

 1990年代から個人事業として取り組んでいた音楽制作、Webの可能性に惹かれて始めた制作会社の立ち上げ......。その間、インターネットが当たり前の存在となり、パソコンの性能向上、インフラのクラウド化が進みました。現在、普段の生活やビジネスにおいて"デジタル化"はとどまることを知りません。こういう状態になってくると、"デジタル"との相性や親和性は、個々人の将来に大きな影響を与えることは否定できません。

 一例として、カメラの世界を挙げましょう。昔は機材も大型、で取り扱いや持ち運びも大変でした。カメラマンとして仕事をする人の素養は、写真のセンス以外のところに制約があった時期が存在しました。これはコンサート現場で見かける音響エンジニアも同様です。音響的なテクニックはもちろん必要なのですが、それを職業にしていくには、毎日のように機材を運搬し、操作するという体力が必要でした。

 それが現在では、デジタル化の影響で、機材が軽量/コンパクト化されたことは言うまでもなく、低価格化とあわせ、一部のマニアだけにしか享受できなかった楽しみが多くの人たちに解放されました。そして、そんな状況から、膨大な数の作品が生まれることを可能にしました。ビジネスの現場においても、これまではそれなりの素養が必要とされた仕事を誰も処理できるようになり、さらに今後は、機械が仕事を奪う"テクノロジー失業"が指摘されています。

 それでは、BtoBマーケティングの世界はどんな変化に直面することになるのでしょう?

 1995年、MITメディアラボのニコラス・ネグロポンテ氏は、本や新聞をインターネット経由で買う時代が来ると予測しました。これに対し、ニューズウィーク誌ですら、その当時は否定的な見解を掲載しています。近年ですと、デジカメやスマホ、そしてタブレットが出現した当時も否定的な勢力がそれなりの割合で存在していたことを思い出すと、この分野においても、さまざまな抵抗に立ち向かう必要が出てくるでしょう。

 ツールの導入だけで芸術作品やビジネス面でのアウトプットの価値が高くなるわけではありませんが、SFA、CRM、MA(マーケティングオートメーション)などなど、これらのツールを使った新しいやり方としてのベストプラクティスは存在するはずで、それをどのように見出し、大きな需要にしていくかが今の企業やマーケティングエージェンシー、そして制作会社には求められているのではないかと著者は考えています。

マーケティングを学校で学ぶ意味はあるのか?

 企業のWebサイト、製品/サービスサイトの企画/制作に携わるうえで、マーケティング知識が必須だと思い飛び込んだ産業能率大学。この2年間の学びの中で感じたのは、これまでの連載中でも触れたように、実戦ですぐ役立つかは別問題として、包括的に学ぶ機会を得たことです。これまでの潮流や全体像を知ることができ、自身のテーマとして深掘りするならどこなのだろうという気づきが得られたことが一番大きかったと考えています。

 そういう意味で、今後の変革がどのような部分に及んでくるのかの思考実験には、戦後の復興期から高度成長期においてのマーケティング学だけでなく、経営学や統計学、社会心理学なども含め、さまざまな分野で沢山の知識が必要になります。この辺りの流行廃りを知るという観点から言うと、1960年代と1980年代に企業経営者が執筆した書籍に触れておくのは非常に参考になります。

 戦後復興というインフラを含めた再構築が必要とされた時代においては、戦前から歴史がある企業が影響力を持っていました。当時はベンチャー企業に過ぎなかったソニーやホンダが軽く扱われ、大企業のモルモットと言われた時代もありました。歴史歴に積み重ねられてきたビジネス慣行をデジタル時代にマッチした形でスムーズに変化させられる産業分野もあれば、意識的に大きな改革が必要となる産業分野もあると思います。

 冒頭で、音楽業界でのデジタル体験を紹介しました。音楽の世界では機材がデジタル化した中で、アナログ時代に習得した技術が不要になってしまう残念なケースもありました。ですが、機械はプログラミングをしてあげなければ、アウトプットできない性質を持っていますから、アナログ時代に蓄積した技術とナレッジを"プログラム化"することで、知的生産としての音楽活動が可能になることを著者は経験しています。このようなモデルがBtoBマーケティングの領域においても起きるのではないかと考えています。

 さらにそこで重要となるのは、ベースとなるマーケティング知識の他、前述したデジタルとの相性がよいことと、コミュニケーションの分野の設計をしていく上で、認知心理学やコミュニケーションデザインについても学んでおくことは、より重要であると考えます。

方法論の前に商売の基本を忘れない

 前節では学ぶことの大切さを紹介しましたが、世の中には実務というものが存在しており、そんなビジネスの現場では、学校で学んだことだけでは足りないことも出てきます。著者は卒業後に大学院への進学も検討しているのですが、学校説明会に出かけて説明を聞きながら、大学院での研究は、それなりの規模の組織の中で経営を行っていく上での体系的な学びは可能かもしれないが、起業のような先行き不透明な状態や、吹けば飛ぶような小規模事業について、(大学院での研究は)どこまで役立つのだろうかという疑問がよぎりました。

 また、ここ1~2年でBtoBマーケティング、インバウンドマーケティング、コンテンツマーケティングなどといった用語がメディアで取り上げられる機会が増え、多くのメディアでもマーケティングを扱うようになったため、この連載も含め、本当に沢山の情報が公開されています。マーケティングはセリングを不要にするとか、売れる仕組みを作るというような説明をする場合がありますが、これだけメディアが増えて、方法論が多数紹介されているのを見るにつけ、紹介されている仕組みを真似て作れば本当に売れるのか? という根本的な疑問を感じる機会も増えつつあります。

 先日、事務所の近所で、店頭路上販促キャンペーンを実施しているところに出くわしました。私は店内で買い物をして、買い物袋を下げていたので、お金を支払った客であることは見れば分かるはずなのですが、路上に出ていた店員さんは、マニュアルで指示されている通りに販促商品を告知するだけです。買い物客とすれちがった時でも、挨拶をしませんでした。

 この店員さん、従業員として指示されたことを守っているから、それ(買物客への挨拶など)を要求するなら、会社はマニュアル化すべきだ、という考え方があるのかもしれません。そして、もしかすると、現代の日本ではそれが普通の感覚なのかもしれません。ここで挨拶せずとも一定規模の組織規模がある会社なら潰れはしないでしょうし、大したことではないのかもしれませんが、そもそも商売の基本として、「買わないで帰る客を、買った客の倍、大切にするつもりで接しなさい」という言葉もあるくらいですから、なにか商売の基本が疎かにされている気がしてなりません。

 ここで思い出して欲しいのは、以前ご紹介した水口健次氏言葉です。

企業の存続と繁栄の源泉は顧客にあり、製品力も知名度も売り上げを作らない。

 大企業だろうがベンチャーだろうが、顧客に支持してもらえる製品/サービスを提供していけるかが決定的に重要であり、そこにはまず、「信念」が必要となるはずです。そしてその製品/サービス提供にあたっては、当連載でも紹介してきたように、デジタル時代のマーケティング手法やツールのような知識、技術がどのように寄与できるかを考え、実践していくのが本筋のはずです。

 水口氏はマーケティングの「信念と技術、知識と実践」という風に表現していますが、著者も「知識や実践」だけに注力するのではなく、やはりその前提としての「信念」の部分の大切さを忘れて欲しくないと考えています。

 最後に、連載を始めるにあたり、助言/協力をいただいた友人と、チャンスをいただいた「ITmedia マーケティング」編集部の方々にはこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。そして、この連載を読んでいただいた読者の方々にもお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。今後はマーケティングオートメーションツールの導入や運用面で出来るだけ経験を積んだ上で、新たな連載が持てるようにしたいと考えていますので、その際はまたよろしくお願いします。