企業の存続と繁栄の源泉はどこに? BtoBマーケティングから考える日本企業の未来

 ホームページ制作を仕事にしてかれこれ18年程(フリー時代含め)になるでしょうか。「インターネットの情報なんか誰が信用するの?」という時代もありましたが、今やネットなしにはビジネスが成立しない時代というところまで変革は進んでいます。

 この変革は多くの人にビジネスチャンスを提供しています。独立起業した人はもちろん、それほどマーケティングを必要としなかった企業やビジネスパーソンにも経営学やマーケティング、行動心理学といった知識の必要性が高まっていると思います。

 著者は20代をテレビ/音楽業界でフリーランサーとして活動し、30代で起業しました。主にBtoBのIT企業をクライアントとしながら現在15期目を迎えたところです。インターネットが普及し始めた頃はHTMLを知っているだけで仕事になりましたが、いまや、企業のWebサイトを巡る状況は当時とは比べものにならないほど複雑になりました。

 Webサイトを通じて企業は、顧客との間で今まで以上に深い関係構築が求められています。アクセス解析ツールを活用した仮説~検証のPDCAサイクルの実践はもちろんのこと、認知心理学や行動心理学の知識を応用したサイトデザインまでも必要とされてきています。われわれのような事業者にとっては、ここからさらに、クライアントの信頼を獲得し、価格競争に巻き込まれにくい事業を開拓していかなくてはなりません。結果的に、マーケティングに関する勉強は必須となりました。また、Webサイトが企業の事業戦略において重要なポジションを占め始めるにつれ、経営学の知識も求められると感じ始めました。

 一方、日本市場の特殊性とでも言いましょうか、Webサイトについての知識やマーケティングについての知識/経験はないけれど、Webサイトの運用管理をする部署に配属されたので担当していますという方と仕事をするケースが少なくありません。その他、職務経験の有無を別としても、「マーケティング」についての解釈が多種多様なために起きる混乱をいくつも経験しました。

 このような経験から、学術的な「マーケティング」ってどんなことを学ぶのだろうか? 学校で学ぶマーケティングは実践の場に活かせるのだろうか? という疑問が膨らみ始めました。その解決のため、仕事と両立可能な通信制大学のマネジメントコースに入学し、経営学、マーケティング、心理学といった教科にチャレンジしてみることにしました。

 本連載では、BtoBマーケティングの領域を中心としつつ、前述のように、Webやマーケティングを学んだ経験はないけれど、仕事として担当しているような方々への学びの場からの情報提供と、実践家として試行錯誤している強みを活かし、ここ最近動きが活発化しているコンテンツマーケティング、マーケティングオートメーションツールの動向などもお伝えできればと考えています。

千差万別の用語解釈

 前置きが長くなってしまいましたが、「マーケティングとは」と聞かれたら、皆さんはどんな答えを返しますか?

 試しに自分の手にした教科書や書籍に出てくる「マーケティングとは」を拾い出してみました。

  1. 顧客ニーズと企業が生産する製品を適合させる活動
  2. 個人と組織の目標を達成する交換を創造するため、アイディア、財、サービスの概念形成、価格、プロモーション、流通を計画/実行する過程である(全米マーケティング協会、1985年)
  3. 個人や集団が製品および価値の交換を通じて、そのニーズや欲求を満たす社会的/管理的プロセスである(フィリップ・コトラー)
  4. マーケティングとは、顧客の創造とその維持である(ドラッカー)
  5. マーケティングの究極目的はセリングを不要にすることだ(ドラッカー)
  6. 企業が中長期的な利益を確保することを目的として、顧客の立場に立って考え、実行すること
  7. (マーケティグとは)組織的な活動であり、顧客に対して価値を創造し、価値についてコミュニケーションを行い、価値を届けるための一連のプロセスであり、さらにまた、組織および組織のステークホルダーに恩恵をもたらす方法で、かつ顧客関係を管理するための一連のプロセスである(全米マーケティング協会、2004年)
  8. 市場に対応するためのすべての活動である

 数冊確認しただけでもこれだけの記述と出合うことになりますから、バックボーンが違えば「マーケティング」に関する認識がバラバラで混沌とするのはしようがないのかもしれません。しかし、実務者としては混沌を放置しておくわけにもいきません。自分の組織や取引先と共通認識を形成しようとする場合、皆さんとしてはどんな表現が腹落ちしやすいでしょうか?

 戦後復興期、高度経済成長期を経て、日本は貿易大国として躍進し続けました。しかし、その後バブル経済が崩壊し、1998年頃からは深刻なデフレ経済が長らく日本に居座りました。第1次小泉内閣が発足したのは2001年です。この頃から日本は本格的な競争促進政策を推進し始めます。これは、「国際協調」と「消費者利益の向上」という2つの政策目標に基づく大胆な政策転換でした。これにより、多くの規制緩和や既得権益層の解体といった施策が実行に移されたのはみなさんの記憶にも新しいでしょう。その影響が2014年現在の日本を作り上げています。終身雇用、護送船団方式といったかつての日本企業を特徴づけた制度は徐々に崩れ、いまや日本の企業は、グローバル経済という外的環境の劇的な変化に対応できるよう、体質の変化を迫られています。日本の企業にマーケティングの重要性が喫緊のものとなっているのは、このような状況のせいでもあるのですが、日本企業を巡るこのような変化を理解できなければ、マーケティングに対する理解はなかなか進まないわけで、実際、「良いものを作れば売れる」時代に活躍したビジネスパーソンほど、マーケティングを軽視する傾向にあるようです。

 マーケティングそのものの重要性を理解することはもちろんのことですが、上述の環境変化と共に、「生産志向 ⇒ 販売志向 ⇒ 顧客志向 ⇒ 社会志向」と変化してきたビジネスを巡る環境変化の流れを汲んで、より広い範囲でマーケティングが必要とされている現状を納得する必要があるのではないでしょうか。また、このようなビジネス環境の変化に対応する価値観の変遷に自身の価値観を適応させることが求められているとも思います。

1960年代、70年代、80年代、90年代、2000年代と時代ごとに移り変わる志向と市場環境の変化からギャップが常に生まれている説明
[参考]市場環境の変化とギャップ「現代マーケティング」(嶋口充輝/石井淳蔵、有斐閣、1995年)、P.3より

 一例として、米国ではデバイスやテクノロジーの進化を受け、「カスタマーカンパニー」という取組みを提唱/実践する企業が登場しています。同じ傾向として、顧客の真の意志に応えようとする「インテンションエコノミー(意志の経済)」という流れが加速するとも予想されています。このような流れに対応ができる企業とできない企業の間には、ビジネス上大きな開きが生じることになると私は考えています。一時期、何かの流行かと思うほど、ゴーイングコンサーン(事業継続)を掲げる企業が増えましたが、基本原則として、企業が必要とするコストをお客さまが負担してくれなくなった企業から潰れていくわけですから、「マーケティング」への理解が足りない組織というのは非常に危険であると言えるのです。

 このようなことからも組織として「マーケティング」の考え方を明確にしておくことは非常に大切だと考えます。

BtoBマーケティングの特徴

 日本において「BtoBマーケティング」は、「生産財マーケティング」「インダストリアルマーケティング」という言葉に置き換えられる場合もあるようです。ご自身の会社がどういう認識でいるのかは確認しておくとよいでしょう。

 ここからは、企業間取引(BtoB)の特徴を具体的に考えてみます(「生産財マーケティング」(高嶋克義/南知惠子、有斐閣、2006年)、P.5~P.10を参考にしました)。

合目的性

 企業間取引(BtoB)では、組織の生産目的や業務目的のために購買活動を行うため、財の取引は特定の目的に規定される。このため、衝動買いや広告に対する情緒的な反応によって購入製品が決まることはなく、売り手企業の営業担当者から情報を集めることが一般的となる。

継続性

 企業間取引(BtoB)では、多くの場合、購買担当者が失敗を避ける傾向にある。すべての購買対象製品に関する情報収集や意志決定が困難なため、過去に取引経験がある企業が取引相手として選ばれやすい。そして、新規取引先を選ぶ際は、安定的かつ継続的に取引できるかどうかが重視される傾向にある。

相互依存性

 企業間取引(BtoB)においては、必ずしも、製品の開発/生産/サービス活動などが、売り手企業による単独の意志決定によってなされるわけではない。顧客企業による技術供与、開発投資支援、生産管理/品質管理手法の指導が行われることも多い。その結果、売り手と顧客の相互依存が深まり、継続的な取引関係が構築されていくことがある。

組織性

 企業間取引(BtoB)では、購買は個人の意志決定で行われるのではなく、組織における共同の意志決定として行われる。販売局面においては、営業担当者のみが販売活動を行うのではなく、開発部門や生産部門、顧客サービス部門などが協力しながら組織的に顧客企業へアプローチすることが多い。

 ......こうやって書いてみると当たり前の話ばかりです。ですが、新商品やサービスの立ち上げにあたって、マーケティングを考慮せず、ホームページ(Webサイト)を作れば売れると思っている(合目的性や継続性を考慮しているとは思えない)担当者の方に出くわすことは1度や2度の話ではありませんでした。このような考え方が支配する現場では、自社の製品/サービスを必要としている組織にいかに効果的にアプローチするかという議論ではなく、いかに予算に合わせたホームページを作るのかという議論に終始します。

 なぜ、このような問題が起きるのでしょうか? 著者は「マーケティングの基礎知識の整備が適切に行われていないこと」と「米国に比べ、フレームワークで考えることをあまりしない日本人の思考方法の特徴」がマイナス面として表れているのではないかと考えています。

BtoBマーケティングで大切なこと

 先ほど「生産財マーケティング」「インダストリアルマーケティング」という呼び方を紹介しました。生産財と言っても多種多様、業界の特徴も千差万別ですから、こんなザックリとした話では自分の業界の話には当てはまらないとお考えの方もいらっしゃると思います。

 業種/業態の多様性を考慮することは大事ですが、その多様性ばかりに目が向いてしまうとBtoBマーケティングを総括的に捉えることが難しくなり、場合によっては一般的な理論を許容できなくなる危険性を孕んでいます。それでは何も学ぶことができなくなってしまいますから、他業種の知見を取り入れ、活用する柔軟な姿勢と思考は非常に大切だと思います。

 一般的な企業にとってマーケティングとは「知識」よりも「実践」です。今回紹介した内容はすでに実務を経験している方にとっては分りきったことだと感じられたかもしれません。自分も教科書の中身はしょせん後付けだし......、と考えていた面がありました。ただ、ゴーイングコンサーンを掲げながらも顧客との関係性を安易に考え、肝心なところで自社都合を押し付ける企業が少なからずあることは、食材偽装問題などを見ても明らかです。実際、マーケティングの重要性が今の日本の企業活動の根本にまで染み込んでいるとはなかなか言えない状況なのではないでしょうか。

 以上、今回は「分かっているけど実践は難しい」という話をいくつか紹介しました。必要とするコストをお客さまが負担してくれなくなった企業から潰れていくという基本原則を思い出してください。BtoBマーケティングで大切な信念の部分がおのずと見えてくる思いませんか?

 企業の存続と繁栄の源泉は顧客にある

 故水口健次氏のこちらの言葉を紹介して第1回目を終りとしたいと思います。